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#教員1年目の君へ

「実力のない先生でも教師力を劇的に高められる奥義」

はじめまして。戦う職員室の星野達郎です。公立小学校に勤める先生としては日本初の「有料オンラインサロン」を運営しています。他にも、地元の老舗旅館をプロデュースしたり、大学ゼミとコラボして子どものあそび場事業をしたり、地元ではちょっとした有名人です。もちろんこんな働き方をしているくらいだから、授業と学級経営には相当の自信があります。

そんな私の教員1年目の失敗を振り返りながら、「実力のない先生でも教師力を劇的に高められる奥義」をお伝えしたいと思います。

私の教員1年目を振り返ると、とにかく実力に飢えていた。子どもたちをもっと伸ばしたかったし、学校の不合理な部分を変えたかった。

”授業がもっと上手だったらこの子は勉強が好きになれるのに”
”学級経営がうまかったらあの子も輝けるのに”
”職員室が楽しかったら先生も子どもも学校が楽しいのに”

先輩たちは「その歳で全部できたら自分の立場がない」と笑っていたが、私は本気だった。過ぎ去った時間は取り戻せないし、何より子どもの一日は貴重だ。教師力も人間力ももっと高めないといけない。いつも焦りのような感覚があった。

この投稿は、私と同じように「焦りにも似た向上心」をもったあなたに向けて書くことにした。

この仕事における3つの核「授業」「学級経営」「職場関係」について、私が発見した奥義を伝える。奥義というと強い言葉だが、私にとって「会得した瞬間に教師としての力量が一気に高まった」技術や考え方という意味で、「奥義」と呼ばせてもらう。それでは、修行の時間だ。

 

授業の奥義

『あなたは子どもを見ていない』

初任の時、6月の研究授業で先輩からそう指摘をされた。もうすぐ定年を迎えられる、優しいけれど芯のある先生だった。すごい授業がしたい。その一心で、板書も、教材研究もばっちり決めて挑んだはずが、手応えは驚くほどなかった。下心をすべて見透かされたような言葉に、見せかけの自信は崩れ落ちた。

それから授業をするときに「子どもと目を合わせる」ことを心がけた。人と目を合わせるというのは難しくて私も得意ではなかったけれど、「子どもを見る」ための一歩だと思って、とにかく目を合わせるようにした。

目を見るようになって分かったことは、「子どもの目は語る」ということだ。目で笑ったり、目で困ったりする。嘘だあ!と思われるかもしれないが、それだけじゃない。手を挙げていなくても考えに自信のある目。先生のボケを待っている目。仲のいい友達の考えが気になっている目。隣の席が好きな人になってほんのり緊張している目。子どもの目には「物語」がある。そんな子どもの目を読みながらする授業は楽しかった。こうして、私の授業は変わった。

どうして授業がうまくいかないのか。教材研究も大切だし、板書計画も大切。でもそれだけじゃいい授業はできない。ヘタクソな教師は指導書ばかり見て、子どもを見ない。高級なお店にいくデートが成功するとは限らないように、一番大切なことは目の中にある。子どもを見るとは「目に現れるその子の物語」を見ること。これができれば授業が一気に楽しくなる。

 

学級経営の奥義

『満足した瞬間にオワル』

私は初任で5年生を受け持った。
学級経営はうまくいったほうだと思う。
子どもたちは明るく楽しそうだったし、意欲的に学び、学級の人間関係も前向きになった。
子どもと接することは得意だ、そう思っていた。

しかし成長がとまった。
3学期あたりからクラスが停滞したのだ。
いや、11月頃からすでに「きざし」はあった。
発言への意欲も、学級をよくしたい気持ちも、クラスの雰囲気も最盛期はすべて2学期だった。

6年へ持ち上がってもマンネリ感は消えず、授業も同じ調子で進む。
言うこともやることも固定化し、教室は朝からどんよりと暗い。
私はそれを「子どものせい」にして、もっとやろう!君たちならできる!と感情的に鼓舞した。
そんな雰囲気に耐えられなくなったのか、冬休みを前にひとりの男子が不登校になった。
その時の私は「学校に行きたくない」という理由が分からず、ただただ現実逃避をするしかなかった。

そんななか、子どもたちが「お笑い」をはじめた。
きっかけは「一発芸ブーム」だった。
お楽しみ会でやったお笑い大会が盛り上がったこともあって、お笑いがブームになったのだ。
帰りの会で自主的に一発芸、友達を泣かせたら一発芸、宿題忘れたら一発芸。
何でも一発芸ってどうなの?と思われるかもしれないが、
気心知れた仲間と涙がでるほど笑う瞬間は最高だし、
失敗を笑いで返す文化は心地よかった。

お笑いがはじまると、それ以外にも次々と新しいことが生まれた。
卒業記念にミュージックビデオを制作をしたり、校内を貸し切って逃走中をしたり、子どものアイデアが形になっていく。
授業にも躍動感が戻った。
「新鮮な空気はおいしい」
こんな単純なことすら私は忘れていた。
うまくいったことを継続した結果、学級はルールだらけになり教師の影響力が子どもたちを縛っていたのだ。

うまくいったことに安心するとオワル
目の前の子どもに依存するとオワル

そんなキャラじゃなかったはずの女子が、サンシャイン池崎のモノマネをする。
耳まで真っ赤にして、なのに、忘れられないくらい良い顔をしていた。
子どもは常に未来をみているし、自分を変えようとしている。

先生も挑戦すること。
変わることを恐れないこと。
先生も成長することが子どもにとっても幸せなのだ。
これが、子どもに教わった「学級経営の奥義」だった。

 

職場関係の奥義

『ここだけの話、帰ってくれてありがとう』

教員になってから何度言われただろう。
若い先生に限らず、ベテランの学年主任や管理職に言われたことも一度や二度じゃない。
私は「絶対嫌われている」と思っていたのに、実は、周りは評価してくれていた。

”あなたが早く帰るおかげで私も帰りやすい”
”君が来てから先生方の帰りが早くなった”

私は同僚の評価を捨て、初任1日目から定時で帰った。
風当たりは相当強かった。
職員室のお局サマに呼び出されて「主任が帰るまで残りなさい」とお叱りを受けたし、隣の先輩男性(40代)は「へッ」と奇妙に笑うだけで助けてくれることはなかった。
それでも他の先生たちからは感謝をされた。
みんな、帰りたいのに帰れないのだ。

不合理を疑問に思う先生は多い。
しかし、首都高速を逆走することはできないように、流れに逆らうリスクは大きい。
仕事が終わったら帰る。
帰って読書や運動をして、健康や家族、将来のために時間を使う。
そんな「あたりまえ」が通用しないのが今の職員室。
声をあげる人、行動を起こす人をみんな待っている。

私は同僚の評価を捨てた。
捨てたはずなのに感謝され、一定の評価を得ている。
遅くまで残業している先生が求めているのは「同じように残業をして、同じように愚痴を言い合う同類」ではなくて、「早く帰って風穴を開けてくれる異端児」なのかもしれない。

 

学校教育が変わらない原因

毎日同じような愚痴と残業をくり返すより、健康や学びに自己投資をしたり、異業種と交流して知見を磨いたりしたほうが「子どものため」になるに決まっている。

こんな分かりきったことができない原因は「同調圧力」で、満員の流れるプールを逆走する勇気を想像すると分からなくもない。
だからこそ、同じように不合理と戦い、未来のために戦う仲間が必要なのだと思う。

 

あなたへ

この記事をここまで読んでいるあなたはきっと「教育を変える」天性の素質がある。
何を急に?と思われるかもしれないが、従来とは異なる価値観を受け入れられる才能こそ、今の教育現場には必要だと私は信じている。

「焦りにも似た向上心」と、「柔軟な価値観」をもったあなたと私は仕事がしたい。
戦う職員室は、あなたを待っています。

#教員1年目の君へ